里山の自然学校



かわきた第232号(2011年5月発行)掲載 川崎の自然をみつめて
スプリング・エフェメラル
春にしか出会えない落葉広葉樹林帯の多年草

かわさき自然調査団 岩田臣生


 里山の雑木林に春の陽光が弾ける頃に出会える植物は一際かけがえのない命を感じさせてくれる。中でも、spring ephemeral (春の儚いもの、春の短い命)と呼ばれる植物は多摩丘陵の里山では特に大事にされているように思われる。この仲間は、温帯の落葉広葉樹林帯の植物で、早春、落葉広葉樹が葉をひろげる前に発芽し、開花し、実を結んで、落葉広葉樹の葉が繁る頃には地上から姿を消してしまう多年草である。多年草だから命は継承されているのだが、気がつくと地上から消えていることから、儚い命という印象を与えている。
 日本では、落葉広葉樹林帯は照葉樹林帯より寒冷な地域に見られる。水平的には平地では中部の山沿いから東北、北海道の南部にかけて、垂直的には本州南部では標高約1000m以上に分布する。北側、寒冷地側では亜高山帯針葉樹林に接している。その主な種はブナ、ミズナラ、カエデなどで、特にブナが中心になるので、ブナ帯とも呼ばれる。また、谷間ではトチノキやサワグルミを中心とした森林がより低標高から見られる。多摩丘陵の辺りは照葉樹林帯に位置しているのである。
 しかし、1万3千年前(晩氷期)には照葉樹林帯は九州南端ぐらいまで南下して、温帯の落葉広葉樹林(ブナ、ナラ)が広がり、関東地方が温帯の落葉広葉樹林帯にあった時代もあったらしい。
 照葉樹林帯の森林が再三の伐採など、強く人為的攪乱を受けた場合、コナラやアベマキ、クヌギなどの落葉樹を中心とする森林に変化すると言われ、関東地方の里山の落葉広葉樹林はこの例であるとされているが、これは温帯の落葉広葉樹林であった時代があってのことだと思われる。
 川崎の潜在自然植生は常緑樹林で、照葉樹林帯に位置していると考えられているのに、コナラを主とする落葉広葉樹林が普通に見られるのは、このためであろう。かつて温帯の落葉広葉樹林帯にあった証のような存在であることを思いながら、この種の植物に出会うと、今年も生きていたかと嬉しくなってくる。
 多摩丘陵の東端、川崎市域で今も見られるものは少ないが、キンポウゲ科のキクザキイチゲ、イチリンソウ、ニリンソウ、ユリ科のカタクリなどは市内の数ヶ所に僅かに残っているし、ケシ科のムラサキケマンはまだまだ普通に見られるようである。カタクリは神奈川県では絶滅危惧TB類に指定される状況となっているが、川崎に現存する大部分の樹林の代表的構成種がコナラであることを考えると、そは残っていてほしい植物の一つである。
 毎年○○が見つかったという嬉しいニュースもあるが、同時に、○○が盗掘されて消えたというニュースもある。川崎市域の緑地は、どこも市街地に囲まれた小さな緑地である。一株ぐらいならという気持ちが全てを消すことにつながってしまう。一株でも増やそうという気持ちが大切であると思う。

上左カタクリ、上右キクザキイチゲ、下イチリンソウ

この文章は、かわきた第232号 2011年5月発行に掲載されたものです。
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