里山環境再生保全の楽しみ



かわきた第233号(2011年7月発行)掲載 川崎の自然をみつめて
里山環境再生保全の楽しみ
−植物は埋土種子から復活できる−

かわさき自然調査団 岩田臣生


 昨年末、生田緑地では皆伐更新を目指して、ある区域の樹木を全て伐採しました。そこには現在、様々な樹木の実生が発芽しています。全てが昨年散布された種子からの発芽ではなく、何年も前に散布され、土中に埋もれ、休眠していた樹木の発芽もあるかも知れません。伐採やササ刈り前の植生調査をしていないこともあり、特別な種でなければ、何となく昨年の種子が発芽したのだと思い込んでしまいます。
 ところが、田圃や湿地性草地の場合は、こうした環境に強く依存する植物があり、その環境が消えていた時期には記録されていないことから、復活した場合は、土中で休眠していた種子が発芽したのだと容易に判断できます。
 植物では、この様に何年も、或いは何十年も消えていた種が復活するということが起こります。土中には様々な植物の種子が休眠状態で蓄積されているのです。この種子を埋土種子といい、埋土種子が蓄積、貯蔵されている状態の土壌をシードバンクということがあります。その休眠は無限に可能なのではなく、発芽の確率は年々小さくなり、やがて発芽できなくなります。その復活可能な期間は植物の種類によっても、土の状態によっても異なります。
 文献などの活字の上では埋土種子という言葉を知っていても、里山の保全活動を通じて実際に何十年も消えていたという植物が復活したりすると不思議な感じがします。そして、その復活した植物が当該里山にとって重要な植物だと思えるような場合は、自分が環境に手を加えたことで復活したのだという喜びが湧いてきます。これが自然の再生ということだと実感できます。生育環境に変化を加えることは、それを待っていて発芽してくる植物ばかりではなく、逆に消えていく植物もあります。従って、無闇に変化を与えることは決して良いことではありません。その目的を見極めて、地域の生物多様性のために必要と判断された場合以外は行うべきではありません。また、取り返しのつく範囲で、やってみて考えるということを繰り返しながら慎重に進めなければなりません。
 田圃雑草の代表のようなコナギ(ミズアオイ科)は、2004年に生田緑地の谷戸に1枚目の田圃を再生すると直ぐに、稲の苗の間に広がりました。とても強くて、取っても、取っても生えてきます。抜いたコナギを放り出しておいたら、そこで花を咲かせていました。しかし、これを水流に持っていったら、いつの間にか消えていました。田圃でないと生育できない植物のようです。このような田圃環境に依存する植物が生育してくれることは、田圃を再生したことの大きな成果だと思っています。米を生産することのみを目的とした水田耕作にとっては最悪の雑草かも知れませんが、市街地に囲まれた里山の生物多様性保全に大きく貢献できたと思っています。 更に、復活した植物が絶滅危惧種に指定されているような種、それも神奈川県内数ヶ所にしか生育していないような種であったら当該里山環境の質を高めたと言ってもよいと考えています。生田緑地では、トウゴクヘラオモダカやコマツカサススキを埋土種子から復活させることができましたが、前者は国の絶滅危惧TB類、神奈川県の絶滅危惧TA類に、後者は神奈川県の絶滅危惧TA類に指定されている植物です。
 水辺や田圃、湿地などの植物を復活させるような活動は泥まみれになることも多く、大変な活動です。しかし、このような植物の不思議に直接関われるかも知れないという期待が、こうした活動の原動力の一つになっていると思えるようになりました。市街地の中の里山を保全することは地域社会に貢献するだという意味だけではなく、確かに自分自身の楽しみでもあります。

この文章は、かわきた第233号 2011年7月発行に掲載されたものです。
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